2018年5月26日 荻塾開催レポート

「湛山Ⅱ~日本リベラルの源流~」と題して、石橋湛山シリーズの第2回目を行いました。

リベラルという言葉の解釈は、米国流の共和国の歴史に根差す個人自由主義を強調するものと、王国が分立し貴族階級独占の社会を解放しようとした平等自由主義が強調される欧州流と二分されるようですが、日本の場合はどうであるのかについて、石橋湛山の評論集や回想録、また、石橋湛山の懐刀であった石田博英の回想録を踏まえながら一考してみました。

湛山にあるのは徹底した自由主義です。思想や主義や宗教など、何者にも束縛されない自由、何者にも流されない自己を確立することではじめて健全な社会づくりが進められていくと言います。

薩長藩閥政治から脱却しようとした板垣退助や大隈重信の政党政治は、政治家同士の政権争いであって、普通選挙によって国民が政権政党を選べる段階にはまだありませんでした。

また、憲政の神様と称される尾崎幸雄は、大正デモクラシー初期には普通選挙に反対だったことが湛山の東洋経済新報社の評論に書かれています。「民主主義を知らない民衆に選挙権を与えても混乱するだけ」との尾崎の言は徐々に批判を受け、その結果、尾崎幸雄は賛成に回り、民主主義の先陣を切ると言われるようになったそうです。

湛山らの自由主義、民主主義への熱望が、当時の「階級的な」政治家を動かし、自由民権の獲得につながっていったことが分かります。

これが日本リベラルの源流とすれば、日本リベラルは現在の自由民主党に引き継がれていることになりますが、現状はどうでしょうか。

かつての立憲政友会系と立憲民政党系とが合併してできた自由民主党に対し、社会党系と民社党系が合併した民主党は、日本リベラルの何たるかを示せているかどうか。

二大政党の意義は政権交代そのものにあるのではありません。政権交代は、新しい世をもたらす手段に過ぎません。政権交代によってもたらされる社会の実像こそを、政権を担わんとする政党は示す必要があります。

荻原隆宏

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